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トレーナー紹介

加藤良紀

TrainerColumn

「好きな人は矢沢永吉と牧瀬里穂。永ちゃん好きはもう生まれた時からだからさ、なんでか分からんよ。きっとDNAに刷り込まれちゃってるんだと思うな。牧瀬里穂ちゃんは……、そう理想の女性。偶然にもジムのボクサーのお姉ちゃんが里穂ちゃんのマネージャーをやってて、この間舞台の楽屋でお会いしてきたんよ。あの時は感動したなあ…」 とボクシングとは全く関係のない話をまくしたててくれたのは、「殿」の愛称でお馴染みの加藤良紀トレーナー(37)。この人の特徴は必ずピンクの衣服を身につけることで、白の角海老Tシャツは自分でピンクに染め直しているという超が付くほどのピンクフェチ。キャラクターの濃い面子が揃う角海老宝石のジムスタッフの中でも、加藤トレーナーの存在感は文字通り「異彩」を放っている。
また、こうした取材の類はほとんど受け付けず、今回のインタビューも「永ちゃんの話ならば」という条件で承諾してもらった結果、冒頭の話が飛び出したのである。けれどもやはり加藤トレーナーの矢沢論、もしくは牧瀬論だけではこちらとしても苦しいところ。その辺りを理解してもらいつつなんとか根掘り葉掘り聞き出してみた。

加藤良紀

名古屋市出身の加藤トレーナーがボクシングを始めたのは23歳の頃。上京して働きながら葛飾区のジムに通っていたそうだ。ボクサーとしては遅いスタートだが、「別にプロで食っていこうとは思ってなかった」と言う。
「俺の中でボクシングと言えば赤井英和やから。技術やセオリーを無視してどつきまくる。まだ高校生だったし、めちゃくちゃ分かりやすいボクシングやろ。それから赤井に憧れてずっとボクシングを観てきて、だったら実際にやってみた方がもっと理解できるしと思って。要するにファンの延長で始めたようなもんだから、プロになってとか特に目標はなかったんよ」 加藤トレーナーによると、ボクサーとしてはどちらかと言えば興行の盛り上げ役だった。最近、草加有沢ジムの小口雅之選手が「カツラボクサー」として話題になったが、その元祖は加藤トレーナーだという。 「デビュー戦の時にジムの会長が『お前なんかやれよ』って言うから『じゃあスキンヘッドにしてカツラでもかぶりますか』って話になって。まあ元祖って言ったら元祖だけど、自分も盛り上げたりパフォーマンスが好きだったから自然とそういう役割のボクサーになったっていうだけで」
そんな選手時代を送った加藤トレーナーだが、ある人物と知り合うことによってボクシングの魅力に深く気づき、その出会いがきっかけとなりトレーナーとしての今ある人生を歩むことにもなる。その人とは加藤トレーナーが師と仰ぎ、「あの人以上の指導者は見たことがない」と言うほど尊敬する角海老宝石チーフトレーナーの田中栄民氏である。 「自分が通ってたジムにいたのが、田中先生なんよ。なんでか分からんけど、先生と一緒にボクシングをしてるのがとにかく楽しくってね。ジムには初心者が多くて、先生は俺に『お前は練習しなくていいから、初心者に構え方を教えてやれ』ってずっと言ってた。今思うとボクサーとは別の俺の素質を当時から見抜いてたのかもしれんなあ」

その後、加藤トレーナーは田中氏の後を追って角海老宝石に移籍、トレーナーのキャリアを本格的にスタートさせた。そして2年目には担当していた阿部弘幸選手(現角海老宝石トレーナー)が日本チャンプとなり指導者としての力量を徐々に発揮。今では平野博規、久永志則、金沢知基選手ら次世代を担う若手A級ボクサーの育成に力を入れている。
「あいつらは確実にチャンピオンになるぞ。夢は寝て見るものだからこれは夢じゃない。まあ俺自身は田中先生のような自分の世界を持ったトレーナーになるためにまだまだ修行しないといかんけどな。それと9月には塩野(翼選手)が小口選手と『真のカツラボクサー』を懸けて試合するから、その試合に向けて色々秘策を練っているところかな」
とジムでの日々は充実している様子。ゆくゆくは、もちろん世界を狙えるボクサーを育てたいとも語る。赤井英和に憧れてボクシングの道に入ってから早15年近く。 「実は角海老っていうのは赤井を再起不能、引退に追い込んだ大和田正春選手がいたジムなんだよな。そういう奇妙な縁があるんよね、ここには……」

[取材・文:野口弘宜]

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