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トレーナー紹介

小林生人

TrainerColumn

現在角海老宝石ボクシングジムでトレーナーを務める小林生人は日本フェザー級1位まで上り詰めた元プロボクサーだ。千葉県四街道市の出身で、高校卒業前にプロデビューした幼なじみの影響でボクシングの世界に飛び込んだ。その幼なじみとは、後のWBA世界ライト級チャンピオンとなる小堀祐介である。

小林生人

「小堀とは小、中学校が一緒で仲も良かったんですが、高校時代は別々の高校に進んだので疎遠になってたんです。ところが卒業前にばったり地元で小堀と再会して、そうしたらボクシングでプロデビューするって言うから、仲間で応援しにデビュー戦を観に行ったんです」
2000年2月の小堀のデビュー戦、見事2回KO勝利で飾った幼なじみの姿に小林は興奮したと言う。
「自分の知らない人たちに囲まれて試合をしている小堀を見て、あいつはここに来るまでずっと一人で戦ってきたんだなぁって… 心を動かされました。KO勝利で盛り上がったし、自分も影響を受けやすいタイプなんで、試合が終わってから小堀に連絡してオレもボクシングをやってみたいって伝えたんです。そうしたらボクサー仲間が増えて嬉しかったみたいで、角海老を紹介してくれたんですが… 」
小林はいったん角海老宝石ジムに入門。しかし大学も始まり、直後に千葉から鎌倉に引っ越したこともあってなかなか大塚のジムに通うことが出来ず、次第にボクシングから遠ざかっていってしまう。そのままジムに通うことなく月日は流れ、大学2年の時のこと… 。
「小堀の東日本新人王戦を観に行ったんです。そうしたら2回TKO負けしてしまって、それを見たらなんだか唖然としてしまって。自分も悔しかったけど小堀の悔しさに比べたら、と思ったら中途半端な自分も嫌になって… 。それでもう一度しっかりボクシングをやろう思いました。また角海老に戻るのは筋が違うと思って、ジムを自分で探した結果、横浜光ジムにお世話になることが決まったんです」

小林生人

そして02年11月にプロデビュー戦を判定白星で飾ると、「元々身体能力には自信があった」小林は才能を開花。持ち前のキレのあるボクシングで、小堀の背中を追いかけるようにトントン拍子でプロキャリアの階段を上っていく。04年には見事フェザー級の全日本新人王を獲得、その後無敗のままデビューから14戦目、06年5月に日本タイトルマッチにこぎ着ける。
しかし初めてのタイトル挑戦の相手は小堀のチームメイトで、現在は総合格闘家として活動する渡辺一久。小林自身も渡辺とは交友関係があっただけにやりにくさを感じたと言う。 「新人王を獲ってランキング戦を一度だけやってすぐにタイトルマッチだったんで、あれよあれよという感じでした。しかも一久が相手ということで、もちろんやりにくかったですけど、そこは試合なんでお互い感情抜きでやりました。でも一久はやっぱり強かったですね 」
結果は渡辺のトリッキーなボクシングを打ち崩すことができずに10回判定負け。これが小林にとっては初めての敗戦となる。タイトル挑戦に失敗した小林は「くさり気味になり、練習にも甘えが出て」その後は勝ち負けを繰り返すようになった。そこで心機一転を図るべく、かつて一度通った小堀が所属する角海老宝石ジムへの移籍を決意、小堀を育てた田中栄民トレーナーの指導を仰ぐ。
「田中さんは、小堀が得意とするカウンターの打ち方なんかも自分に惜しみなく教えてくれました。新しい発見がたくさんあって、ボクシングがもう一度楽しくなりました」 移籍直後には、小堀がWBA世界ライト級王者のホセ・アルファロを3回TKOで下してついに世界の頂点に立つ。小林は世界チャンピオンとなった幼なじみとも初めてスパーをした。 「結構こみ上げるものがありましたね。もちろん小堀が世界を獲ったことはすごく嬉しかったし、スパーであいつの左フックの威力を初めて味わったんですよ。ワンツーで入ったんですが、右ストレートを打ったと思ったらヒザがガクッと来たんです。いつ貰ったのかも分からないぐらいのタイミングだったので、びっくりしたのを覚えてます。さすが世界を獲るだけあるなって」
だが、小堀はナミビアのパウルス・モーゼスとの初防衛戦で破れた後に引退を表明。小林もそれに続くように移籍後4戦を2勝2敗で終えた時点でグローブを吊す決意をする。 「元々片目の視力が悪かったので、チャンピオンになれなかったのは悔しいんですが、目のこともあってボクシングをやめることに決めました」

小林生人

引退後、小林は一度は就職してボクシングとは関係ない人生を歩み始めたが、「仕事をしていてもボクシングのことばかり考えてしまうような生活」だったという。
「引退した後も観戦には行っていて、試合を観ていると選手じゃない分、ボクシングを客観的に見ることができるんですよね。もっとこうしたら、ああしたらいいとか。そんな風にしてるうちに、トレーナーの仕事も面白いかもしれないと思うようになったんです」
選手だった頃とは違う視点でボクシングの魅力を再確認した小林は2010年末から、10年近い現役時代の経験を活かし、角海老宝石ジムでトレーナーとして第二のボクシング人生をスタートさせた。
「自分で振り返ってみても現役生活はボクシングに没頭した濃密な時間でした。そういう時間をまた若いボクサーたちと一緒に過ごせるのは本当に幸せでやりがいを感じます。もちろん自分がなれなかったチャンピオンをトレーナーとしても育ててみたいし、僕自身が角海老に移籍して、田中さんから教わったことでボクシングの世界が広がったように、選手にとって自分もそういう存在になれるように頑張りたいですね。元々教師になりたいという夢があったので、トレーナーは教えることの喜びが得られる、自分には最高の仕事だと思ってます。お世話になった横浜光ジムの故関光徳会長、岡正和トレーナー、角海老ジムの鈴木眞吾会長、田中栄民トレーナー、そして最後に自分がボクシングを始めるきっかけを作ってくれた小堀祐介に感謝したいです」
幼なじみに導かれるようにして飛び込んだボクシングの世界。小林の旅は当分終わりそうにない。

[取材・文:野口弘宜]

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