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トレーナー紹介

トレーナー
チャンピオンを作ること
物マネが上手く面白キャラだけど、プライドが高く、時には厳しい現役時代との体重差が激しいが、この頃元に戻ってきたかも・・・

佐藤 直樹 Naoki Satou

佐藤 直樹

TrainerColumn

今ではだいぶ恰幅も良いが、実は東日本新人王の決勝まで進んだこともあるライトフライ級のプロボクサーだった。地元・山口県で高校入学と同時にボクシングを始め、卒業後には有名私大など3校からの推薦入学の誘いを蹴って上京、角海老ボクシングジムに入門した。それだけボクシングにのめり込んでいた佐藤氏が、志半ばで現役を引退したのにはやむにやまれぬ事情があった。 有名無名を問わず数々のボクサーがグローブを壁にかける理由となった同様の病…。

佐藤 直樹

「24歳の時に網膜剥離になりました。私生活で視界がぼやけてきて、もしやと思ったんですけど、恐いからほっておいてたらスパー中に相手が二重にも三重にも見えてきて、やばいと思って医者に行ったら網膜剥離だって…」

 プロボクシングの世界は厳しい。減量と戦い、地道なトレーニングを積みながら、持てる力のすべてを費やし、リングの上で両拳を武器に殴りあうスポーツだ。失明の危険性がある網膜剥離は、ボクサーにとって死刑宣告に近い。

「泣きましたよ。大学まで蹴って高校の頃から積み上げてきたものがこれで終わっちゃうのかって。今までなんだったんだろうって悔しかったですよ」

佐藤 直樹

手術をして入院中、ボクシングを辞めざるを得ないという現実に打ちひしがれていた佐藤氏。
「実家に戻って世話になったジムでのんびりトレーナーでもやろうかなって思ってました。そうしたら角海老ジムから『だったらうちで』という誘いをもらったんです。その時は正直トレーナーの面白さがよく分からなかったんです。結局やるのはボクサーだし、他人が勝って何が嬉しいのかなって。でもせっかくだし、出たとこ勝負でやってみるかという気持ちもあって、とりあえず退院したらすぐにジムに顔を出しました」

  退院後、今度はトレーナーとして角海老ジムに迎え入れられ、多くの先輩たちの指導法を横目で見ながら、新しい仕事の面白さに気づいていく。「やってみると、やっぱり自分の選手が勝つと嬉しくて、自分が戦ってるわけじゃないのに良いパンチが入ったりすると、ガッツポーズが出ちゃったりするんですよね。元々、なぜか俺なら良い選手が作れるんじゃないかっていう根拠のない自信もあって(笑)。そうこうしてるうちに、トレーナーの面白さが分かってきて、もう今はドップリですね」


佐藤 直樹

最近、佐藤氏は「プロ意識」ということについて考えることが多いと言う。「やはりプロというのはお客さんあっての商売だと思うんですよ。自分の仕事も良い選手を作って、その選手が良い試合をすればお客さんも入って、ひいてはボクシング界を盛り上げることにつながる。選手にもそうした意識を持ってほしいんです。もちろん勝つことが一番大切なんですけど、試合を観に来てくれるお客さんがいるということは、常に意識してもらいたい」

 1度の負けがその後を左右するボクシングにとって勝負論はなにより大切だ。だが、それもすべてはお客さんがあってのことだと言う。「振り返ってみれば、網膜剥離でボクサーを辞めたのもようやく前向きに考えられるようになりました。やはりこの先の人生も長いし体を壊しては元も子もない。それでも大好きなボクシングの中で新しい生きがいを見つけられたのは幸せなことですよね。何事も若いうちから始めることは大切だと思うし、その点では自分は20代でトレーナーを始めてるんで、とにかくたくさんチャンピオンを作りたいし、体が動く限りはこの仕事を続けたいですね」


-プロフィール-
生年月日:1976年7月23日
出身地:山口県
ボクシング歴:7年
トレーナー歴:2000年~
担当した代表的な選手:加藤善孝、高山樹延、岡田博喜、土屋修平、今野裕介、武田航
好きなボクサー:内山高志
指導方針:常に先を見て教えること。固定観念を持たない。個々の能力を最大限に引きのばすこと。
目標:チャンピオンを作ること。お客さんを楽しませるボクサーを育てること。

[取材・文:野口弘宜]

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