「子供の頃から格闘技は好きだったんですよ。うちの叔父がよくボクシングやプロレスをテレビで見てて、その影響かな。岩手の頃は近くにジムもないし、考えもしなかったんですけど、東京に出てきたら近くにジムがあって。それで気軽な気持ちでボクシングを始めたんですよ」
入門後に早速スパーリングをやらされた。相手はプロのボクサー。「思い切り打っていいよ」と言われ、意気込んで挑んだが、どうやってもパンチが当たらない。
「もう悔しくて悔しくて。すぐ目の前にいる相手にパンチがかすりもしないんだから。これはそんな甘い世界じゃないと思って、真面目に練習するようになりました」
子供の頃から野球やサッカーなど団体スポーツが苦手だったという阿部氏は、究極の個人競技とも言うべきボクシングの魅力に次第にのめり込み、自然と「プロ」という道を考えるようになった。より環境の整った大きなジムを求め、大塚にある角海老宝石ボクシングジムに入門、「徐々に自分が強くなるのが分かるし、面白くて仕方がなかった」と阿部氏。1年間の練習生を経てプロテストにも無事合格し、順調にキャリアのスタートを切ったかに見えたその矢先、プロの洗礼を受けることになる。
「デビュー戦は突然決まったんです。1週間後の試合にキャンセルが出て、『誰かやる奴いないか』ってことで僕が手を挙げた。それもトレーナーに相談もせずに。ほんと強くなったつもりでいたんでしょうね、ジャブをよけるくらいしかできないのに。リングに上がったらガチガチで、結果は見事1回KO負けでした」
しかし、振り返ってみればプロの厳しさを知る良い経験になった、と阿部氏は言う。これをきっかけに練習にもいっそう力が入るようになった。高校時代は陸上部で長距離走者だったためロードワークも苦ではなく、デビューが24歳とこの世界では遅咲きだったが、その分、危機感もあり遊びに走ることもなかった。またその頃、角海老ジムでは数多くの世界王者を育てたキューバの元ナショナルコーチ、イスマエル・サラス氏がトレーナーとして指導していた。
⇒次へ
⇒戻る
⇒TOPへ