コラム伯楽業パート2木内勲


「エノキちゃん!ほらやるよ!」
「うるさいなあ!木内さんはちょっと黙っててよ!」
木内勲トレーナー(48)と日本フェザー級王者の榎洋之の練習風景はまるで掛け合いの漫才を見ているようで面白い。  

ミット打ちともなれば怒号混じりの掛け声で選手を煽り、実戦さながらの激しさで「パン!パン!」と快音をジムに響かせる。木内トレーナーは過去8階級で、最近引退した3階級制覇の前田宏行、中島吉謙を含む計6人の東洋・日本チャンピオンを育て上げ、田中栄民チーフトレーナーと並ぶ角海老宝石ボクシングジムのチャンプメーカーだ。  

ところがプライベートでは、練習時と違って言葉は少ない。「俺、こういうの苦手なんで」と言いながらも、木内氏は時折照れ笑いを浮かべながらぽつりぽつりと自分の事を話してくれた。

「18の時に友達がみんなボクシングをやってて、なんとなく自分も始めただけ。別にボクシングが好きとかってのは全くなくて……。高校出て喫茶店とかでバイトしながら夜ジムで練習するっていう程度の話ですよ」  

木内氏は素っ気なく語る。生まれは墨田区向島だが、当時は合羽橋に住んでいたため、近くにあった角海老ボクシングジムに入門したそうだ。その年の6月にジムが設立、9月に入門したということだから、実に角海老ボクシング歴は30年に及ぶ。それでも木内氏はボクシングに対する思い入れはさほどないと言う。

「ボクサーとしても強くなかった。1年やってプロテストに受かったけど、初戦はKO負けだし。で、俺22歳で一度やめたんですよ。将来の事を一応考えて、今やってる魚の卸業を始めたんです。でもその後4回戦で終わるのはかっこ悪いってことで、25歳で角海老戻って一応6回戦まで行ったんでそれを区切りに辞めました。戦績は確か4勝7敗だったかな」

今思い返せばボクシングにずっと携わって生きていくとは思ってもみなかった。トレーナーになったのも成り行きだったという。


「俺、貧血気味でよくスパーリングなんか見ててぶっ倒れることが多かったんですよ。そうしたら社長が心配して『お前辞めた方がいいよ。トレーナーでもやれば』って言われて、『じゃあ、はい』って。情熱みたいなもんがないから長く続けられてるってのもあるんじゃないですかね」

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