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70年代の元日本J・ミドル級王者 引地博さん亡くなっていた

  
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2023-01-19
元日本J・ミドル級チャンピオンの引地博さんが昨年暮れに心不全のため亡くなっていたことが分かった。享年73歳。

 宮城県名取市出身。仙台育英高校ボクシング部でアマのリングに上がった後、69年に中村ジムからプロデビューした。

 最初は負けが多かったが、その後新日本木村ジムに移籍して道が開け、1975年1月、当時の王者柴田賢治(堀内)への初挑戦は惜しくも引き分けに終わったものの、10ヵ月後に郷里仙台市に舞台を移しての再挑戦で判定勝ちし、念願のチャンピオンベルトを手にした。 

 1度防衛した後、柴田との3度目のタイトル戦で判定負けし王座を追われた。77年1月、2階級下げライオン古山(笹崎)の持つ日本J・ウェルター級王座に挑戦したが勝てず。これが最終戦となった。通算16勝10KO16敗3分。

 サウスポーのファイター型で、新人の頃は気性の激しさ丸出しのインファイトで負けも少なくなかったが、米国で修行するなど経験を重ねるうちにうまいファイターへと変貌をとげた。中村ジムの中村信一会長と喧嘩し、単身米国西海岸に出かけて試合をしようとしたが、リングに上がる直前にジムから待ったがかかり、試合に出場できなかったというエピソードもある。

 引退後は現役時代に働いたこともあるSB食品に務め、長くサラリーマン生活を送った。「まじめな男で、会社の同僚の誰からも愛された」とは、上司でもあった岡村永策さん(東洋大学ボクシング部創設者)の話。ほぼ営業ひと筋で転勤も多く、単身赴任の仙台で定年を迎えた後も郷里で暮らしていた。昨年暮れになって連絡が取れないのを心配した家族が仙台の住まいを訪れたところ、亡くなっていた引地さんを発見したという。死亡日は「12月7日」となっている。
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