角海老宝石ボクシングジム

トレーナープロフィール

石原 雄太

Yuta Ishihara
「海外で選手を勝たせたい、もっと大きな舞台で挑戦したい」
  
生年月日
1982-03-30
出身地
埼玉県
ボクシング歴
0年
トレーナー歴
10年
担当した代表的な選手
田口良一, 荒川仁人, 柴田明雄, 源大輝, 木村隼人(いずれもワタナベジム在籍時)、岡田博喜、長濱陸、堤聖也、廣本彩刀など
好きなボクサー
大橋秀行, 山中慎介, ジャッカル丸山
指導方針
経歴:2010年エディ賞受賞 資格 :NSCA認定パーソナルトレーナー ・日本体育施設協会認定トレーニング指導士
目 標
「アメリカ、イギリス、海外の本場と言われる場所で勝てる、活躍できるボクサーを育てたいという気持ちが強くなって。そこを目標に自分自身、挑戦したいと思って決めました」   石原雄太トレーナーが角海老宝石ジムに加わったのは2019年1月。前年の夏にはスーパーライト級の岡田博喜がトップランク社と3年契約を結び、アメリカ進出を果たした。そして、ワタナベジム時代に一緒だった洪東植トレーナーの「一緒にマニー・パッキャオのような選手を育てよう」の言葉にも背中を押されたという。
 トレーナーのキャリアをスタートしたワタナベジムには2008年8月から10年4ヵ月在籍。WBA・IBF世界ライトフライ級統一王者の田口良一、ミドル級とスーパーウェルター級でそれぞれ東洋太平洋、日本王座の2冠を制した柴田明雄、日本フェザー級王者の源大輝など、多くのチャンピオン育成に携わり、実績を築いてきた。

だが、オーストラリア、タイ、韓国、中国と遠征する機会が増え、海外で勝つことの難しさを感じ、悔しさを味わうたびに「海外で選手を勝たせたい」「もっと大きな舞台で挑戦したい」という思いが募ったのだという。

 2019年2月にはカリフォルニア州フレズノで行われた岡田のアメリカ第2戦に同行した。惜しくも前WBO世界ライト級王者のレイムンド・ベルトラン(アメリカ)に敗れたものの、1万5千人近い大観衆で埋まったセーブマート・アリーナの「地響きのような盛り上がり」を肌で感じ、決意を新たにした。

「お客さんの熱が違いましたね。最初はブーイングだったのが、2回のダウンから反撃すると岡田を応援する声も上がり始めて。面白い試合をすれば受け入れられるし、逆に言えばシビアなんでしょうけど、ここで勝ったら気持ちいいだろうな、と思いました」
 もともとフィジカルトレーナーの出身で選手の経験はない。小・中と野球、高校では陸上部でやり投げの選手だった。畑山隆則(横浜光)と坂本博之(角海老宝石)の名勝負をテレビで見て、ボクシングに魅せられたのは高校卒業後。プロを目指し、ジムで練習したこともある。その後、キックボクシングに転じ、アマチュアのリングに1度だけ上がったが、すでに自分の将来を定め、専門学校で学んでいたころ。それを区切りにトレーナーの道に専念した。

力を入れていたのは「体の動かし方を向上させ、競技力を高める指導」。学校を卒業したあとも何人かのトレーナーに付いて実地に学び、そのうちのひとりと格闘技の教則DVDを出したこともある。独立後は野球やゴルフなど、さまざまな競技のアスリートから一般の愛好家まで指導。東大の陸上部のトレーナーを1年務めたこともあった。

 パーソナルトレーナーとして着実に足場を固めながら、それでも「心を動かされた」という畑山‐坂本戦で感じた“ボクシングの力”はずっと心にあった。

 いくつかのジムにフィジカルトレーナーとして売り込むも、すべて断られ、ワタナベジムにはアルバイト情報誌に掲載された受付募集の広告を見て応募した。受付から始めて、いずれはという気持ちだったが「渡辺(均)会長の奥さんが話を聞いてくれて、フィジカルトレーナーとしてやってみたらと言っていただいて」。

はじめは希望する選手にフィジカルトレーニングやコンディショニングの方法を教えていた新米トレーナーに「どんどんミットを持って、ボクシングを教えたほうがいい」と声をかけてくれたのが、角海老で再び同僚になる洪トレーナーだった。フィジカルトレーナーならではの視点も生かし、程なく担当選手を任された。
ワタナベジムは常に角海老と1、2を争うプロ選手を抱える。選手を見る機会も多く、試合も多い。豊富な場数が自分を成長させてくれたと石原トレーナーは振り返る。

約10年で担当した選手の試合数は244戦(164勝71KO72敗8分)という。サブセコンドについた試合も含めれば、倍以上かもしれない。ワタナベジムを離れる洪トレーナーから田口を引き継いだのは、ジムに入って1年後。その直後に内山高志、次いで河野公平が世界王者となり、準備段階から本番の世界戦まで間近で体感できたことも大きかった。

「最初はセコンドワークも先輩方の見よう見真似。ただ選手を勝たせたいという一心で、練習から試合まで1戦1戦が勉強でした。その経験が田口の世界チャンピオンにつながったと思いますし、世界戦で勝つごとに自信がついたのはあります」

 思い出深い経験に挙げるのは2013年8月25日。神奈川・座間で当時日本王者の田口が井上尚弥(大橋)の挑戦を受けたセコンドにつき、それから東京・有明に移動。村田諒太(現・帝拳)のプロデビュー戦の相手を務める柴田のセコンドについた1日だ。

「2人には何かに挑戦したいという姿勢がありましたし、負けはしましたけど、自分も勝てると言われる試合より、勝てばアップセットとか、それこそ海外で勝つというほうがより気持ちが奮い立ちますよね」

 田口と柴田からは挑戦する姿勢だけではなく、大きなものを受け取った。石原トレーナーは柴田が日本王者に返り咲く10日前に母を、田口が日本王座を奪取する3日前に父を亡くしている。深い悲しみのなか、臨んだリングで「2人が一緒にやってきたことを出して、勝ってくれたおかげで、大げさじゃなく、生きていられると感じた」という。

「トレーナーをやっていて良かったなと本当に思いましたし、ジムに来て、選手の頑張る姿を見ると、自分も生きる活力が湧いてくるんです。ボクシングのトレーナーの魅力は選手と一緒に戦えること。対策を考えることもそうですし、試合ではインターバルに指示も出す。ほかの競技と比べても、より近い関係にあると思っています。だから、タイトルマッチでも4回戦でも選手を勝たせたい気持ちに違いはないんです」

 ベルトラン戦のあと、岡田の担当トレーナーに就いた。だが、2010年に「チーム・内山」のひとりとしてエディ賞を受賞したこともある石原トレーナーが角海老で強い印象を受けたのが、奥村健太、田部井要の両トレーナーに洪トレーナーも加わり、個々の力を結集した「チーム・バレンタイン」で細川バレンタインを支える強固なチームワークだった。

「選手にストレスを与える存在がひとりいても試合では勝てないと思いますし、海外で勝つには、しっかり一体となって同じ目標に向かっていくチームをつくることが大事なんじゃないかと思います」

 大きな目標に向かって、挑戦の日々は続く――。

ライター:船橋真二郎(2019/04/18)
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