角海老宝石ボクシングジム

トレーナープロフィール

西尾 誠

Makoto Nishio
関係を築き、お互いの理解を深めていく
  
生年月日
1981-07-27
出身地
福岡県福岡市
ボクシング歴
8年
トレーナー歴
8年
担当した代表的な選手
石本康隆、正木脩也、佐々木洵樹(いずれも帝拳ジム時代)、酒井幹生、飯村樹輝弥、KCプラチャンダなど
好きなボクサー
村田諒太、フェリックス・トリニダード
指導方針
長所を活かし、短所を消す。
目 標
MGMに立つ!! 角海老ジム皆で世界チャンピオンをだすこと!
笑顔で選手に語りかけ、ミットでパンチを受け止める姿が印象的だ。トレーナーとして、何より大切にしているのはコミュニケーションという。選手自身はどんなボクシングを志向しているのか、どんなボクシングが合っているか。「選手の考え、こちらの考えをキャッチボールしながら」関係を築き、お互いの理解を深めていく。
「いちばんは、その選手が持っているものを生かして、その選手の武器を伸ばしていくこと。押しつけじゃなくて、お互いが納得してやらないと楽しくないし、選手も伸びないですよね。ベースになるのはコミュニケーションです」

 普段の練習も「今日は何の練習しようか?」という問いかけから始められる。その日のジムワークのメニューは基本的に選手と話し合った上で決める。裏を返せば、選手は常に目的意識を求められるということ。自然、プロとして自立を促されることになる。

「だから、僕って優しそうに見られがちなんですけど、基本がしっかり身に着いて、ベースができるまではキツイ言い方をすることもありますし、結構厳しいと思いますよ(笑)」
地元の福岡で、のちのWBC女子世界ミニフライ級王者・黒木優子(YuKOフィットネス)のトレーナーとなったのが指導者としての本格的なスタートだった。

現役時代は福岡帝拳ジム、移籍した帝拳ジムからリングに上がり、24歳の試合を最後に引退。しばらくして東京から福岡に戻り、サラリーマンとして働いていた。仕事のかたわら、先輩のアマチュアジムでミットを持つなど、ボクシングとの関わりは続いており、自身がまだ練習生だった時代にスパーリングをしたこともあった黒木の父親から、すでにプロとしてキャリアを歩み始めていた娘の指導を頼まれた。

 最初は「正直、トレーナーをするなら、男を教えたかった」と乗り気ではなかった。それが実際に黒木の思いを聞き、ミットを受けることで気持ちが変化したという。

「絶対に世界チャンピオンになるっていう、彼女の本気が伝わってきましたし、初めてパンチを受けて、『女子でもこんなにパンチが切れるのか』って、びっくりして」

 やりがいを感じ、サラリーマンを辞めてトレーナーの仕事に専念することを決断した。黒木とは世界、東洋太平洋に一度ずつ挑戦し、タイトルを獲らせることこそできなかったものの、それからの約8年、人との縁をたどるように三迫ジム、先輩の元東洋太平洋フェザー級王者・松田直樹さんが小田原に開設したフィットネスジム「アンビオ」、そして古巣の帝拳ジムと、トレーナーとして、さまざまな経験を積んできた。

ベースとなっている選手の意思を引き出し、選手それぞれの長所を生かす指導は、帝拳ジムの田中繊大トレーナーの影響が大きいという。

 メキシコの元世界3階級制覇王者、マルコ・アントニオ・バレラのチームの一員として名を馳せた田中トレーナーが帝拳ジムに加わったのは、西尾の移籍とほとんど同時期だった。メキシコで実績を上げたトレーナーが発する、今までの日本人トレーナーにない“自由な空気”に惹きつけられ、トレーナーという存在に興味を抱くきっかけにもなった。

「東京でやりたい」という強い思いで実現させた移籍だったが、それまでの環境と東京の名門ジムの違いは大きかった。現役当時のスタイルは、勇猛果敢なファイター。それが4回戦とのスパーリングでも、洗練されたボクシングの前に「あしらわれて、あしらわれて、突っ込んだところにカウンターもらって。ボコボコにされた」という。

 それでも最初は「逆に燃えた」と葛西裕一トレーナー(現在はボクシングフィットネスジム「グローブス」主宰)のもとで練習に励んでいたが、ジムのトップレベルのボクサーたちの力を身近に見るにつけ、選手としての自身の限界を感じ取っていく。東京2戦目で6回戦初勝利を挙げながら、ジムから足が遠のいてしまった。

最後の試合の翌年2006年7月には、ひとつの出会いがあった。名城信男(六島)の挑戦を受けるため、来日したWBA世界スーパーフライ級王者のマーティン・カスティーリョ(メキシコ)。視線はすでに選手のカスティーリョではなく、トレーナーのマニー・ロブレス親子に向けられていた。

「テレビでちょっとだけ映った試合前のミット打ちだったり、リングに入ってからの雰囲気、コーナーからの指示の出し方だったり。カッコいいなと思って」

 WBO世界フェザー級王者オスカル・バルデス(メキシコ)、WBO世界スーパーバンタム級王者ジェシー・マグダレノ(アメリカ)を導くなど、近年も手腕を発揮する息子のロブレス・トレーナーは、それ以来、動画サイトの練習風景を熱心に見て学ぶなど、「海外でいちばん好きなトレーナー」であり、ずっと気になる存在だった。
 長年の念願が叶ったのは2019年の春。SNSを通じてアメリカ・ロサンゼルスのロブレス・トレーナーとコンタクトを取り、1ヵ月あまり、現地でトレーナー修行を積んだ。千載一遇の機会と、先のことは何も考えず、帝拳ジムの理解を得て、トレーナーの職を辞し、飛び込んだレジェンズジム。朝から1日中、忙しく動き回る日々だった。

 ロブレス・トレーナーには思いがけない贈り物ももらった。2019年3月、テキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムで、IBF世界ウェルター級王者エロール・スペンスがマイキー・ガルシア(いずれもアメリカ)を迎えるビッグマッチのアンダーカード、ヘビー級10回戦に臨むチームに迎えられ、元IBF世界ヘビー級王者チャールズ・マーティン(アメリカ)のセコンドについた。

 貴重な経験を含め、実地で学んだことは多くあるが、最も大きかったのは田中トレーナーの指導を原点に「自分なりにやってきたことは間違いじゃないし、これでよかったんだと自信を持てたこと」という。それは責任ある仕事を任され、帰国に際して「もう少しいろよ」と引き止められたことにも表れている。

 帰国から約1ヵ月後の2019年5月1日、ロブレス・トレーナーは、ニューヨークで無敗の世界3団体統一ヘビー級王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)を倒し、アンディ・ルイスJr(アメリカ)を“世紀の番狂わせ”の主役にする。田中トレーナーには「もう少しいたら、お前も現場にいたかもな」と冗談めかして言われたと笑うが、そのころには角海老ジムに迎え入れられ、新たな一歩を踏み出したところ。思いがけない誘いを受けて、「感謝しかなかった」と振り返る。

 帝拳ジム時代、ケガもあり、伸び悩んでいた辻本純兵を全日本ウェルター級新人王に導いた実績があるが、チャンピオンはまだ。が、「チャンピオンを育てられれば、いいかなぐらい」と控えめだ。

「たとえば、僕がある程度まで育てたら、もっと実績のあるジムのトレーナーに引き継いでもいいんです。自分が見てなくても、その子がチャンピオンになれたら」

あくまで “ 選手ファースト ” 。

どれだけ大きな経験を積み、キャリアを重ねても、その姿勢が揺らぐことはない。

ライター:船橋真二郎(2019/07/24)
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