角海老宝石ボクシングジム

トレーナープロフィール

田部井 要

Kaname Tabei
「自分も全力で選手と向き合う」
  
勝つために全力でぶつかる
生年月日
1985-05-24
出身地
東京都葛飾区
ボクシング歴
7年
トレーナー歴
2015年~
担当した代表的な選手
細川バレンタイン、中川抹茶
好きなボクサー
指導方針
チームプレー、全力で選手と向き合う
目 標
チャンピオンを作る
 宮田ジム時代の元ジムメートだった細川バレンタインに誘われ、角海老宝石ジムに加わった田部井要トレーナー。現役引退後は古巣でトレーナーとなり、細川のミットも受けていたが、ふたりにとっての転機は2016年11月1日に訪れる。当時の日本スーパーライト級王者・岡田博喜(角海老宝石)に挑み、大差の判定負け。35歳のベテランは3度目となるタイトル挑戦も実らせることができなかった。
 その後、細川は心機一転、角海老に移籍。しばらくして田部井はトレーナーを退き、家業に専念することを決断する。すでに家庭を持ち、ボクシングの現場からは完全に離れるつもりでいた。だが、ここでも縁をつないだのは細川だった。週1回から2回程度、個人的にマンツーマンで練習を見る関係が続いた。

そして2017年12月、移籍2戦目、実に4度目の挑戦で念願の日本スーパーライト級王者となった細川が、ドミニカ出身で指名挑戦者1位のデスティノ・ジャパン(ピューマ渡久地)との初防衛戦に向け、練習に入った頃だった。細川は担当の奥村健太トレーナーと田部井を引き合わせる。見方も経験も異なる3人の力を結集し、強敵相手に最善を尽くすためだった。

「奥村くんと戦略、対策はああしよう、練習はこうしようと話し始めたら、本当にとめどなく出てきて。それからも連絡を取り合って、スパーリングの動画を送ってもらったり、練習内容を共有し合ったりして、3人で意見を戦わせながら準備を進めました」

結果はダウン応酬の末、最後は細川が倒して7回TKO勝ち。東日本ボクシング協会の月間MVP、チャンピオンカーニバル敢闘賞に選ばれる熱戦を制した。

角海老の一員となるのはデスティノ戦から1ヵ月半後。チーム3人で結果を出した手応えは、そのまま今に活かされている。
 仕事との兼ね合いもあり、田部井がジムで指導にあたるのは週3日に限られる。専任の担当選手を持てない代わりに担っているのが、奥村トレーナーが担当する選手のサポートである。チーム3人で強くなるという基本的な考え方は変わらない。課題やアイディアを共有し合い、話し合いながら選手を高めていく。

「これはバレンくんに言われたんですけど、『日本のチームプレーって、お互いの足りない部分とかミスを補い合うことだけど、俺はそんな気ねえからなって。俺は妥協せずに俺の仕事を100%やる。だから、お前らはお前らで自分の仕事を100%やってほしい。遠慮せずに何でも言ってこい、俺ができていないときは文句も言ってくれ。一人ひとりが100%出し合うから300%の力になる。勝つために全力でぶつかっていこうぜ!』って」

現役時代もジムの選手同士で互いにアドバイスし合いながら高め合っていたという。「みんなで話して、考えて、試して。それが面白かった」という田部井にとって、トレーナーとしての時間が充実していることは言うまでもない。
東京の下町、葛飾区の出身。ふたりの兄が地元のボクシングジムに通っていたことに影響を受け、高校1年のときにグローブを握った。「ケンカに強くなりたい」という動機からだったが、最初にジムに行った日、「プロの選手がリングで動いてる姿を見ていたら、ケンカのことは忘れました(笑)。白いリングシューズを履いて、白いグローブでミットを打ってたんですけど、『うわっ、カッコいいな』と思って。グイッと引き込まれました」。

小学校の頃は全国大会に出場するようなソフトボールの強豪チームのレギュラーだったが、野球を始めた中学では、小柄な少年は体格で差をつけられ、控えに回った。体重制であることもボクシングの魅力だった。「練習を始めたら、あとはのめり込む一方でした」。本格的にプロを志すようになった頃、同じ葛飾区内の宮田ジムに移った。

高校卒業後、20歳のときにプロデビュー。それから10年に及ぶ現役生活で10勝7KO10敗2分の戦績を残した。パンチ力には自信があったが、4回戦から6回戦、6回戦から8回戦とステップアップするにつれ、「打てば倒れるよっていう感じのボクシングでは、通用しなくなりますよね(笑)」。

負けたときには人目もはばからず大粒の悔し涙を流したという。それでも「負けてもボクシングが好きだった」と振り返る。涙を糧に次こそはと、また強くなるために考え、アドバイスを求め、練習を重ねて、また試合に臨んだ。

最後は5連敗。10敗目を喫したリングでは、初めて涙が出なかった。

「バンと倒されて、タオルを投げられて。その瞬間、俺の実力ではここまでだ。もう終わりにしようと思って。逆にすがすがしかったですね」

長く続ければ、続けるほど、引き際が難しくなるのがボクサーの常。日本ランカーには手が届かなかったものの、「すっきり割りきれました」と言えるのは、自分の可能性をとことん追求し、やりきったという思いがあったからかもしれない。

「本当に楽しかったんですよね。どんな選手でも、やっぱり1回負けるとへこむと思うんですよ。僕は10敗もしていて、でも、楽しいから、もっとやりたい、負けても、もっと学びたい、ずっとそう思いながら続けて、最後はまったく悔いなく辞めました。自分がそうだったから、選手にはボクシングを好きになってもらいたいし、欲を言ったら、少しも悔いを残してほしくないし、ボクシングを好きなまま終わってほしいんです」

そのために「自分も全力で選手と向き合う」と田部井は言葉に力を込めた。

ライター:船橋真二郎(2018/09/15)
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